NO.23 仁尾の路地

「森里海から」バックナンバーです・・・。
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菅組本社がある香川県三豊市仁尾町は「松賀屋」「新屋敷」「田野屋」「永徳屋」といった旧家(商家)が多く残る中津賀地区や中ノ町地区といった旧道の街並が特徴的ですが、一方でそうした街並と直交するように入り乱れる「路地空間」が数多く残っているのもこの町の大きな特長の一つです。多くの路地は車が入れない場合が多く、不便ではありますが、だからこそヒューマンスケールの良い空間がそこには残っています。ヨーロッパのベネチア(イタリア)などの古い街にも多く見られるように、車が入れないからこそ生みだされた人間的尺度の心地良い空間、それが「路地」なのです。

Wikipedia(ウィキペディア)によると「路地」は次のように説明されています。
『路地は露地(屋根のある建物以外全般の地面)に派生したもので、家屋の間に便宜的に設けられた通路である。主に歩行者やそれに順ずる者の交通に供され、自動車の交通はえてして考慮されない。いわゆる「横丁」はおおむね同じようなニュアンスがあるが、「路地」と表現されると更に狭く隣接する建物の関係者以外はほとんど利用しない道を示し、生活道路を含む自動車交通に対応した主要な道路とは別に、勝手口など重要ではない出入口から家屋に出入りするために利用される。
都市の下町や漁村集落に多く分布し、洗濯乾しや地蔵や植木の存在とともに居住者の生活空間として活用され、コミュニティをつなぐ空間を成す。いわゆる「道路」ではないことから、私有地である家屋の敷地とは余り区別されず、私財が留め置かれることもままあり、こと古い町並みでは地域住民の様々な生活の一端を塀や壁・垣根の外に見出せることも珍しくはない。』

重要なのは「居住者の生活空間として活用され、コミュニティをつなぐ空間を成していた」ことです。路地はそのような機能を自然と持ち合わせることでコミュニティや地域文化の醸成に大いに役立っていたのです。仁尾に残る数多くの路地は、そうした痕跡を留めるものもいくつかあり、いまでもとても魅力的な空間を醸し出しています。路地空間が路地として維持されるには、車が入れないことが大切です。自動車という「文明」によって窮地に追い込まれている「文化」としての路地空間。「文明」から「文化」へのシフトが求められるこれからの日本の社会にあって、見直されるべき重要な文化的空間だと思うのです・・・。
by th0031 | 2012-12-25 07:35 | 森里海から | Comments(0)