讃岐にあった伝説のお店「OMエコショップすが」の元ShopMasterが日々の出来事を綴ります。
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松濤美術館
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白井晟一の名作「松濤美術館」。渋谷の高級住宅地にひっそりとあります。
1980年代後半の写真と思われる・・・
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by th0031 | 2007-02-10 08:32 | 名建築 | Trackback | Comments(6)
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Commented by okkikeda at 2007-02-10 19:17
晩年の作品ですね。私は白井晟一の図面にあこがれました。
自分では買えず、よく先輩に見せてもらったものです。
日本建築の巨匠ですね。
Commented by th0031 at 2007-02-10 21:21
池田さん
良いですよね。白井晟一の図面・・図面そのものが芸術作品のようでした。CADでは出せない雰囲気がありました。
寡作な建築家でしたが作品はどれも崇高ないい雰囲気です・・・。
Commented by tokyomachiya at 2007-02-11 23:26
僕が学生の頃は「磯崎新」「白井晟一」が、学生の人気を二分していました。
私は磯崎新さんに傾倒していました。だって私の学校の元先生でしたから。
イタリア文化展覧会のお手伝いをしたとき、今度事務所に遊びにいらっしゃいと優しく声を掛けていただきました。
Commented by th0031 at 2007-02-12 09:25
tokyomachiyaさん
そうでしたか、もしかしてとっ東大ですか?
私は白井晟一のファンでしたが、磯崎さんも好きでした。東京都庁のコンペは忘れられません。どう見ても磯崎案が一番良かった!都庁が磯崎都庁になっていたら日本は変わっていたかも知れません。
そうそう、うちのゼミの向井先生が「マニエリスム」(後期ルネッサンス)の研究をしていて、磯崎さんと仲が良かったと聞きました・・・
Commented by tokyomachiya at 2007-02-13 13:10
僕が学生の頃は、磯崎さんはまだ東大では教えていなくて・・・。
学園紛争で校舎が使えなかったんで、自分のアトリエで学生に教えていたとか。
僕が入学したのは、学園紛争に嫌気がさして先生を辞めた後でした。
Commented by th0031 at 2007-02-13 20:30
なるほどそうでしたか・・・歴史ですね。
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